俊春にソッコーうつる。
なにゆえ、それを発した本人に問わぬのか?
注目を浴び、俊春は気恥ずかしそうに廊下の板敷きにを落とし、さらに気恥ずかしそうに口をひらいた。
「通じがよくなる、と」
ナイス、俊春。さすがである。植髮過程 めっちゃ遠回しの表現に、内心で快哉を叫んでしまった。が、それはかなりちいさかった。かれにもっともちかくにいる永倉とおれ、それから海江田にしかきこえなかったのではなかろうか。
「なーんだ、くそをひるってことか」
「くそをひりまっるてことじゃなあ」
その二人の身もふたもない要約がジワる。
一瞬、沈黙がおりた。同時に、霊が通ったのか、ラップ音が響いた。ドキッとしてしまう。
「馬鹿なことをいわせるんじゃねぇよ、主計っ!」
そして、副長に理不尽にも叱られてしまうおれであった。
干し芋も堪能し、そろそろ海江田がかえるという。そういえば、かれは一人でやってきたという。
びっくりである。さすがに西郷も、それは危ないから、と苦言を呈した。けっこう、自分も護衛がすくないのにである。それは兎も角、その西郷の心配を、海江田は笑って応じた。
「軍議んこっを思いだすとち腹立たしゅうなっ。そうなっと、ちかっにおっ者にあたってしまうかもしれもはん。そんた、おいどんが刺客に襲わるっことよりも赦せんこっじゃ。じゃっで、おいどんな一人の方がよかとじゃ。じゃっどん、どうやらおいどんな自分の腕を過信しすぎちょったようじゃ。これからは、注意すっことにすっ」
体育会系気質のわりには、部下には気をつかっているんだ。
かれの意外な一面である。
「そいやったら、おいどんが送りもんそ」
半次郎ちゃんが申しでた。が、後輩には頼りたくないらしい。
「おいどんな、に護らるっほど弱うはなか」
ソッコー一蹴してしまった。
「それでしたら、わたしがまいりましょう」
つぎに申しでたのは、俊春である。
「だったら、おれもゆこう」
「えっ?土方さんが?」
「えっ?副長が?」
「ええっ?副長がですか?」
意外すぎる副長の立候補に、永倉と島田とおれの不信感もあらわな問いがかぶった。「ちょっとまちやがれ。なにゆえ、おれがゆこうといったらかような反応をする?」
副長は、気分を害したようである。
が、副長の意図はすぐによめた。厳密には、副長ならそうするだろうなと気がついた。
俊春がみずから申しでたこととはいえ、海江田と二人きりにしたくはないのである。
「副長、おれがいきますよ。いえ、相棒とおれとでいきます」
いいながら熱きを感じたので庭をみると、相棒がじとーっとにらんでいる。ゆえに、自然な感じで『相棒とおれとで』といいなおしてみた。
「ふう・・・・・・ん。相棒ね・・・・・・」
「ちょっ・・・・・・。永倉先生、いまのはどういう意味なんです?」
「いや、べつに他意はない」
ぜったいに、ぜったいになんかあるはずだ。
「兼定は兎も角、主計か・・・・・・」
「って、副長までなにをおっしゃるんです」
まさか、副長にまでダメだしをされるとは……。
心外をとおりこし、正直、不快である。
刹那、またにらまれてしまった。
おれの心の声は、どれだけだだもれしているんだ?
「やはり、おれがゆこう。兼定はぽちについてゆきたがるであろう。半次郎ちゃんもどうだ?主計は・・・・・・。まぁ一人くらい足手まといがいても、おれたちで十二分に補えるか」
これは、モラハラか?それとも、たんなるいじめか?
『副長にだけはいわれたくないですねっ!』
いかなるハラスメントやいじめに屈してなるものか。ゆえに、声を大にしていってみた。もちろん、心の奥底のそのまた奥底で、である。
なのにまた、副長にめっちゃにらまれた。
「ならば、おれがゆこう」
永倉も副長の意図に気がついたようだ。
「いや、新八。せっかく酒をふるまってくれているんだ。いやってほど呑ませてもらえ。つぎはいつ、かような太っ腹な饗応にめぐりあうやもしれぬからな」
このあとはそれぞれ仲間のもとへ戻り、以降は戦いに身を投じることになる。饗応以前に、ゆっくり酒を酌み交わすなんてこともそうそうないであろう。
永倉に『呑んでいろ』とすすめたのは、副長なりの思いやりにちがいない。おそらく、だけれども。
「わかったよ。半次郎ちゃん、あんたが戻ってくるまでひかえめに呑んでいるからな。案ずるな。その間、なにがおころうと西郷先生はかならずや護り抜く」
永倉が杯をかかげて半次郎ちゃんにいうと、半次郎ちゃんは無言でうなずいた。
いまの永倉の約束は、フツーなら心強くて安心して任せられるものである。
あくまでもフツーの状況なら・・・・・・。
いま、西郷になにかあるとすれば、彰義隊など幕府側の攻撃なり刺客に襲われるという確率が高い。
たとえ連合軍のなかで、西郷を始末しようという者がいても、いまはまだ決行するには時期が悪すぎる。それこそ、暗殺して幕府側の刺客の仕業という