夕闇が迫る小路を何歩か歩いたところで、さとは泣き崩れる。背を二つに折り、小さな手の中に顔を埋めた。
「鈴木はん、うち…笑えとった?あん人に心配かけへんように、笑えとったやろか……ッ」
桜司郎は るさとの傍らに膝を付き、yaz避孕藥 背を摩る。背が波打つように揺れた。
「…はい、笑えてましたよ」
こういう時に気の利いた言葉は出て来ない。何を言われても慰めにはならないことが分かっていたからだ。
「ほんまは、今でも何が何だか分からへんのやわ…。何でこうなってしもたんや。何で、何で……ッ」
いくら覚悟しているとは云え、愛する人が罪人のように腹を切って死ぬという事実はあまりにも耐え難い。
「敬助様が……何をしはったと云うんどすか。切腹せなあかんなんて、どないな悪い事をしはったと云うんどすか……ッ!」
息を切るように、さとは び泣いた。
視界を歪ませながら、桜司郎はただ傍で背を摩り続ける。
遠い遠い何処かに置き忘れられた記憶の欠片が、ちくちくと胸をつついた。
『…泣くのは何時の時代も女子どす。待つのも、置いていかれるのも、 女子どっしゃろ…!』
島原の角屋で聞いた妓の言葉が浮かんでは消える。あの言葉はその通りだと思った。女が家を守り、男が戦いに出るような時代だから仕方ないと言われればそれまでではあるが。
──もしも、こういう時代で無ければ山南先生と明里さんは笑って暮らせたのだろうか。いつか、が泣かずに済む時代が来るのだろうか。
その様なことを考えてしまう。
空を見上げると、粉雪がちらちらと舞い始めていた。
いつの間にか、さとは少しだけ落ち着きを取り戻している。腫らした目元を拭い、顔を上げた。
その横顔は雪に紛れて消えていってしまいそうな程に切なげである。
「……何で好いた殿方が新撰組やったんやろなぁ。何で、敬助様が新撰組やったんやろ」
隣に居てくれるのなら、商人でも農民でも浪人でも良かったのに。そう言ってさとは困ったように笑む。
立ち上がると、覚束無い足取りながらもさとは一歩一歩と前に向かって進んだ。
そして桜司郎の方を見る。
「鈴木はん、呼びに来てもろておおきに。…まだ夢の中におる気分やけど、お別れを言うことが出来て嬉しおした」
そう言うと、精一杯の作り笑いをした。武士の、山南敬助の妻として凛として見せる。
「土方はんにもよろしゅうお伝え下さい。見送りは此処まででよろしおす」
気丈に振る舞うその姿は、桜司郎の胸を強く打った。あまりにも儚く、美しい。
夫の命を奪う新撰組を恨んでも良いだろうに、全てを受け入れて微笑む強さは何処から来るのだろう。
さとは深々と頭を下げると、背を向けて歩き出した。
だが、その潔さが桜司郎は怖いと思う。遺された女子の選択肢は二つしかないからだ。
遺志を背負って生きるか、後を追って死ぬか。
雪空に吸い込まれるように遠くなる背を見つめながら、桜司郎は息を吸う。冷たい空気が肺を満たして少しだけ痛かった。
「…明里さん!」
呼び掛ければ、さとはゆっくりと振り向く。桜司郎は駆け寄ると、さとの目を真っ直ぐに見た。
「何と言えば良いのか分からないのですが…、どうか、生きて下さい」
桜司郎の言葉に、さとは僅かに目を揺らす。瞳に迷いを浮かべ、睫毛を伏せた。
「…敬助様の四十九日までは、何とか生きようと思います。その後のことは、また考えますよって。おおきに」
さとは会釈をすると、ふわりと笑い今度こそ去っていく。