松原は痛む腹を抱えながら起き上がると、頭を下げた。それを興味無さそうに見やると、武田は口角を上げる。
「謝罪で済むなら、法度は不要だな。……お前の不義に鈴木桜司郎君も関わっているのだろう?」
その問い掛けに松原は目を細めた。子宮環 平隊士となっても、手負いとなっても今弁慶と謳われた気迫は健在である。ビリビリとした空気を感じ、忌々しげに武田は舌打ちをした。
「……鈴さんは関係あらへん!」
「ありません、だろうッ!?目上の者に対する言葉遣いが、まるでなっていないな」
武田は立ち上がると、足で松原の側頭部を蹴る。ぐ、と横に転がるが直ぐに起き上がった。
「これは私闘ではなく、上司からの躾だ。有難く思えよ」
「まさか、此度のことは武田はんが……」
松原は鋭い眼光で武田を睨みつける。心外だと言わんばかりに鼻で笑うと、武田は んだ。
「だったらどうする……?お前は幹部だったから、降格程度で済まされたんだ。だが、鈴木君はどうだろう?あれはただの隊士だ。謹慎では済まないだろうなぁ……。可哀想に、お前と仲良くしたばかりに」
「この……ッ。あんた、鈴さんのことを気に入っとったやんけ!」
そう言いながら松原は目を剥き、武田の襟元を掴みあげる。
「ああ、もうアレは良い。私の誘いを断っておきながら、沖田君の になっているようだ。人を見る目が無い男はどうでも良い」
それよりも、と武田は言葉を続けた。
「馬越君が欲しいんだ……。その為には、山野と鈴木が邪魔なのだよ。邪魔な奴らを片付ける良い機会じゃないか?貴方もたまには良い仕事をしてくれる」 それを聞いた松原は歯を食いしばり、拳を固める。私利私欲のために、人を陥れようとしている目の前の男に腹が立って仕方が無かった。
「私を殴れば、今度こそ法度破りでお陀仏だな」
「やかましい!ワシは今更命なんて惜しいと思っとらへんのや!」
松原の言葉を聞くなり、武田は笑う。
「貴方はそうでも、鈴木はどうかな。私は局長からの信頼も厚い。そのような私が助言を入れれば、松原と連座で腹を詰めさせるのも容易いものだよ」
愉しげな武田とは正反対に、松原は腹の痛みすら忘れ、傷による熱と怒りで顔が真っ赤になっていた。この拳を振り上げてしまえば、武田の思う壷だと分かっているからこそ、何も出来ない。悔しさで涙が出そうになった。
「ワシが……ッ、ワシが何をしたっちゅうんや。何で目の敵にするんや……」
「貴方を見ていると、腹が立つ。大した功も上げていない癖に、人柄という不確かなものだけで慕われている。実に忌々しい」
その吐き捨てられた言葉に松原は視線を落とす。武田に嫌われていることは分かったが、元々策士だった彼がただで胸の内を明かすとは思えなかったのだ。
武田は立ち上がると、廊下へ続く障子に手を掛ける。そして立ち止まると、不敵な笑みを浮かべて振り向いた。
「ああ……そう言えば、サエとかいう女は存外良い女だった。でもやはり女は駄目だ、一度抱けば飽きる」
その言葉に、松原は固まる。みるみる目は見開かれ、唇はわなわなと震えだした。脳裏には、慈しむような笑みを浮かべるサエの姿や、声が浮かぶ。
「おサエはんに……手ェ出したんか……?」
何とか絞り出した言葉は怒りに揺れている。それを見た武田は面白そうに、挑発をするように笑った。
松原は弾かれるように立ち上がると、武田に掴み掛かる。袷を持ち、壁に勢いよく押し付けた。
だが武田は一切臆することなく、嘲笑い続ける。
「良い目をしていたなァ。まあ、今頃は浪士達の慰み者になっていることだろう。私には関係の無い事だがな」
「武田ァ、あんたァッ!!!」
松原は拳を握り、力いっぱい振り上げるとそのまま武田の頬を