返事をするように、腹の虫がグウと小さく鳴った。黙っていれば喧騒に紛れて分からないが、桜司郎は顔を赤くして腹を抑える。
それを見た土方は笑みを深くした。そして香りの大元である"江戸前大蒲焼"と書かれた鰻屋の暖簾を潜る。
「鰻だ。私大好きです!」
「そうか。俺もだよ。https://www.easycorp.com.hk/en/offshore 江戸の鰻は京とは違うからなァ。やはり江戸の味が一番だぜ」
京は鰻を腹開きにするが、対して江戸は背開きにしていた。これは江戸が将軍のお膝元であり、武士の街であるため腹開きだと切腹を連想させ縁起が悪いと云った理由からである。
また、味付けも江戸と京では大いに異なっていた。京の人々は薄味を好むが、江戸は濃い味付けが多いという。
濃口醤油の匂いと共に二人の前に鰻飯が運ばれてきた。早速、一口食べればたちまち桜司郎は笑顔になる。
「美味しいッ!副長、これ美味しいです」
ほくほくと程よく焼かれ、ふわっとした身が口の中で解れていった。そこに濃いタレが絶妙に絡み、空っぽだった胃に次々と染み込ませていく。
武士の威厳もへったくれも無いと言わんばかりに、破顔しながら食べる桜司郎を土方は微笑ましげに見ていた。
──こういった屈託の無さは総司の弟分って感じだな。みっともねえと注意する気も失せちまう。 食事を終えると、土産を見るためにあちこちの店を転々とした。沖田には金平糖、山野と松原には粋な柄の手拭いを買い求める。最後に馬越には綺麗な物をあげようと、小間物屋へ立ち寄った。
店が店なだけに町娘が多くいる。気後れする気持ちが無い訳では無いが、江戸で一番人気の店と聞いて足を踏み入れた。
「何だ、好い仲の女でもいるのか」
土方は含み笑いをしながら、横に立つ。馬越の趣味は になっていない為、彼にあげるとは言えなかった。その瞬間、暫く会えていない花や藤、まさの顔が浮かぶ。
「ちが、違います。いつも世話になっている人にあげようと……。私を助けてくれたお婆さんとか、おまささんとか……」
ふうん、と口角を上げると土方は腕を組みながら、並ぶ小物を横目で見た。そして手を伸ばすと、桜があしらわれた簪を手に取った。
その脳裏には先日の部屋で見た艶やかな桜司郎の濡れた黒髪と、女のような色香が浮かぶ。
「江戸の職人の腕前は見事なもんだ。京とは違う趣きがあるな。これなんてどうだ……」
ぼんやりとそう言いながら、桜司郎の髪にそっとそれを差し込む。
すると、近くにいた町娘達の視線が一斉に集まった。凛々しい顔の整った侍が、女顔の侍の髪に簪を差しているのだ。衆道の関係なのかと勘繰られてもおかしくはないだろう。
「ふ、副長ッ。何故私に……!?」
顔を赤くしながら抗議すれば、土方は我に返ったように珍しく えた。桜司郎の頭から簪を回収し、元の位置に戻す。
「い、いや……。済まねえ、俺とした事が……。ちょっくら外に出ているからよ、お前一人で見ろ」
そう言うと、足早に土方は店から出て行った。周りからは とでも思われたのだろうか、好奇の視線が刺さる。
──副長。恨みますよ……!
そのように悪態を心の中で吐きながら、桜司郎は何とか買い物を済ませた。
外に出ると、店の前で土方が待っている。何処か憂いを帯びたような表情に、道行く女が熱い視線を向けていた。
本当にモテるんだ、と思いつつ桜司郎は土方に声を掛ける。そして再び歩き出した。