と言います!その、一番組の鈴木とお見受けします」
桜司郎はゆっくりと振り向くと、市村を見やった。懸命さを伝える真っ直ぐな瞳が眩しい。思わずにこりと笑みが零れた。
「はい。正しくは組長ですが……。鈴木桜司郎と申します。よろしくお願いしますね、市村君」
それを見た市村は胸に手を当て、植髮過程 頬を染めながら俯く。
「その、覚えとらんかも知れませんが……。俺、貴方に助けてもろたことがあって……。そこから憧れとって、ようやく入隊さして貰えたんです!お会い出来て光栄です……。あ、引き止めてしもうてすみません!で、では!」
興奮冷めやらぬといったように言いたいことだけを捲し立てると、市村は頭を深々と下げては副長室へ引っ込んだ。
桜司郎は呆気に取られ、瞬きをする。だが、憧れと言われて悪い気はしなかった。市村少年に幾ばくかの元気を与えられながら、今度こそ自室へ向かう。
この時間帯は稽古終わりの風呂や、夜番の支度、夕餉の支度とそれぞれが忙しなくする為に、人があちらこちらに居た。
ふと門を見やると、馬越の姿がある。どうやら一人で戻ってきたらしく、周りに武田の姿は無かった。
桜司郎は眉を寄せると、そこらにあった雪駄を引っ掛け、馬越へ近付く。何かを考えるよりも身体が動いていた。「馬越君」
声を掛けると、馬越は少し驚いた顔で振り向く。
「鈴木さん……。何でしょう」
そして警戒と恐れを孕んだ視線を桜司郎へ向けた。
それに僅かに傷付きながらも、平常心を保ちながら馬越を見る。まともに正面から彼を見たのは久々だったが、以前とは纏う雰囲気が変わったように思えた。
あれほど身なりに気を付けており、小物も女子が持つような可愛らしい物を持っていたはずだった。着物も紫や若草色といった明るめの色を好んでいたはずなのに、今や小物は持たぬどころか、焦茶や黒の着物を着ている。
加えて、愛らしい顔には疲労の色が浮かんでいた。
「少しだけ時間を貰える?話したいことがあって……」
「……此処では駄目なのですか」
「うん、駄目。お願い、少しだけでいいの……」
懇願するように言えば、馬越はふいと顔を背ける。そして少しの間の後に小さく頷いた。
二人は屯所とは正反対側の、西本願寺の境内へと移動する。馬越はしきりに周囲を気にした。もしかすると武田の目を気にしているのかもしれない。
「話しとは、一体何でしょう」
そのように問われると、桜司郎は視線を彷徨わせた。勢いに乗じて連れ出したは良いが、流石に盆屋で盗み聞きしたとは言えないことに今更気付く。
「その……ええと……。げ、元気だった?」
「……無論ですよ」
「そ、そっか。良かった……」
──こんな事が聞きたい訳じゃないのに!でも、何て聞けば良いのか分からない。……こういう時、斎藤先生なら上手い言葉を思い付くのだろうな。
歯痒い気持ちと共に、しどろもどろになった。そんな桜司郎を見やると、馬越は一瞬だけ優しげな笑みを浮かべる。しかし直ぐに真顔に戻った。
「どうやら、忘れてしまったようですね。それでは今度の機会に……。急いでいますので」
そう言って背を向けると去ろうとする。桜司郎は何かを言いたげに口を動かすと、唇を引き結んだ。この期を逃しては、もう二度と二人で話せないかもしれないという焦りが募る。
「待って!」