冬乃は頷いて、重たい瞼を抑えて見つめ返す。
「食欲はどう」
まだ熱っぽさで頭痛までしているものの、それでも先程よりは少しだけラクになったような感覚がある。
冬乃は「少しだけどあります」と声を押し出した。
きっといま、冬乃のなかの免疫が一生懸命働いているのだろう。
事実、こみあげる咳に、international school kindergarten 冬乃は次には沖田から顔を背けて。
「っ・・」
コンコンと咳き込みだす冬乃の体を、沖田がやや横にして背を撫でてくれる。冬乃はなんとか頭を下げてみせながら、
無理に咳を我慢しないほうがいいという事も、以前に読み漁った本に書いてあったと思い出す。
咳も、鼻も、熱も。すべて、体が侵入者を退治する過程で起こしている症状だからだ。だからそれらの症状を無理に止めたりはせずに、
冬乃がするべきことは可能なかぎり栄養を摂って、そうして体が闘う力を保つ事。
「何か食べたいものはある?」
咳が収まって暫く、つと聞いてくれた沖田に、冬乃は素直にこくんと頷いた。
「・・おでんが食べたい・・です」
真っ先に浮かんだものを答えてしまってから、時期外れだったかと思い直すも、
「具は?」
とまるで問題なさそうに聞き返されて、冬乃はちょっと考えた。
今の時期でも厨房にありそうな食材はきっと・・・
「・・こんにゃくと、」
挙げてみる。
「だいこん、卵、ちくわ・・・」
ふと沖田を見ると、だが、こころなしか驚いたような顔をしている。
(?)
「わかった。少し待てる?」
一寸間を置いてかけられた言葉に、冬乃はもちろん「はい」と頷いて。
「ありがとうございます」
沖田は、微笑んでそして立ち上がった。
厨房へ伝えにいってくれるのだろう。冬乃は、面倒をかけることになる茂吉たちにも心内で詫びと礼をしつつ、
出てゆく沖田の背を目で見送り、再び瞼を閉じた。 そのまま豚の足裏にくっついたまま、冬乃が運ばれた先は餌場のようだった。
「んで、どの豚を新選組に送ることにするか決めたのかい?」
(え!)
突然聞こえてきた人間の声に、冬乃はどきりと耳をそばたてる。といっても冬乃は未だに豚の足裏にいるのだが。
「あの母豚とその子達にするさ。他の母豚は皆いま体調が悪くてよう」
「ああ、おらのところも今そうさね。豚の間で風邪が流行ってていかん」
「まいるねえ。ま、豚の風邪なんざ死ぬこたあ滅多にないから心配いらんよ」
(そっか・・)
ブタインフルエンザは、豚にとって予後は悪くない事が多いと、読んだおぼえがある。
あの豚インフルが侵入した母豚も、きっとそれをうつされることになる子豚たちも、その子豚からさらにうつされることになるだろう、冬乃と接触したあの子豚も。大丈夫なはずだ。
(だいぶ大丈夫じゃないのは・・・・私だけか)
妙に納得したところで。
冬乃は目が覚めた。 下を見れば、一見してそれとわかる免疫兵士たちが、まがまがしい殺気を放ちながら、宙にいる冬乃たちに一直線に向かってくるではないか。
(きゃ・きゃあああ・・!)
前を飛ぶ豚インフルのさらに向こうには、なにやら出口らしき光が射していて。
冬乃も大慌てでその出口へ着こうと手脚をばたつかせる。尤も見てみれば冬乃の手脚もまたツノである。
ぶひーーーーーっくしょん!!
(ひゃあああぁぁぁ)
ここらは鼻の粘膜だったのか、いまの轟音と同時に次の瞬間には、突風の嵐に巻き込まれて、冬乃は豚インフルとともに光の中へ飛び出していた。
(・・・あ)
飛び出した先には、たくさんの豚たちがいた。
「あの豚にしよう。えいえい」
豚インフルがさっそく、とある豚の鼻の上めがけて落ちてゆく。
(ん?)
あの豚、どこかで見覚えが・・
(あ・・っ、いつかのお母さん豚!!)
「だめえ!」
慌てて叫んだ冬乃の声もむなしく。
(ああ・・)
お母さん豚へと侵入してゆく豚インフルを見ながら、
冬乃のほうは、身にまとうあたりの湿気の重さに耐えきれず、草の地面へとやがて着地した。
(ぎゃ)
次には通りすがりの豚に踏まれたものの。自分の体があまりに小さかったのか、潰れはせずに、むしろ豚の足の裏にどうやらくっついたようで。
(目がまわる)